「海辺のカフカ」

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (下) (新潮文庫)
実は読んでいなかったので、いまさらのさら海辺のカフカ。一気に集中して読むことができたせいか、「ねじまき鳥」「ノルウェイの森」よりも面白く読めたような気がする。
カフカ少年のストーリよりナカタのおじいさんとホシノ青年のストーリのほうが好き!っていうのはインテリではないからなのかしらねぇ。理屈をあれやこれやと、さも小難しげにならべるよりも、それまでの経験や感覚でいろんなことをわかっている中田さんや星野ちゃんのほうが人間味があっていいと思う。
読み始めは「ナカタはあたまが悪いもので・・」と言っている中田さんに自分を重ねて、ネコさんとおしゃべりできる中田さんを羨ましく思ったりしていたのですが、後半は星野さんに惚れました。ドラゴンズのキャップをかぶって一年中アロハ着てるロン毛らしいけど・・
星野さんみたいな人に出会ったらきっと好きになるなぁ。好きなタイプだ。(そんなことを考えながら読むべき話ではないか。)なんていうか、あるがままを受け入れることが出来るところとか、偉ぶらないところとか、なんだか良いものを持っているよ、彼は。でも、それは中田さんに出会ったことによって変わったのかな。
やっぱり、人間って、人や価値観や本や音楽やそのほかのいろいろの出会いによってどんどん変わっていくものだよね。人生でどれだけステキなものに出会えるか、できるだけたくさんの考えや価値観に触れてその中でどれを自分がチョイスしていくかって大事よね。
中田さんとの出会いは確実に星野さんの中に生きているし、佐伯さんとの出会いがカフカ少年の中に生きているし、大島さんやさくらとのかかわりがあるからカフカ少年が今のカフカ少年であるわけで、そういうのの繋がりで世界は出来ていて、自分が生きている意義っていうのもそういうものの中にあるんじゃないかなぁ。

この本を読みながらいろいろ考えたような気がするけど、結局「なんでもいいんじゃない?」っていうかんじだなぁ。もちろん投げやりな意味ではなくて。
50代の女の人と15歳の少年の恋愛も(母と息子ではちょっと困るけど)、身体は女性で心は男性でありながら男性が好きっていうのも、ネコさんや石さんとおしゃべりできちゃうおじいさんも、いいんじゃないかな。